三浦しをんさん、
町田の魅力って
なんですか?
三浦しをん

一九七六年、東京生れ。二○○○年、書下ろし長篇小説『格闘する者に○(まる)』でデビュー。二○○六年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、二○一二年『舟を編む』で本屋大賞、二○一五年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞を受賞。他に小説『風が強く吹いている』『神去なあなあ日常』『天国旅行』『木暮荘物語』『ののはな通信』『愛なき世界』など、エッセイに『あやつられ文楽鑑賞』『ふむふむ おしえて、お仕事!』『本屋さんで待ちあわせ』『のっけから失礼します』など。ドラマ化、アニメ化、映画化された作品も多数ある。

独特の世界観を持ち、家族や特徴的な関係性を巧みに描く作家・三浦しをんさん。特殊な題材を豊かな心理描写で、親しみやすく描く三浦さんの作品は、幅広い年代で愛されています。今回は、代表作でもある『まほろ』シリーズの舞台になった町田について、そして、三浦さんの考える街について、ご自身の体験も交えながら、語っていただきました。

小説の舞台に町田を選んだのはなぜですか?

これまで、小田急沿線以外に住んだことがないんです。町田には、10歳の時に引っ越して、その前は祖師谷大蔵のあたりに住んでいました。今から30年以上前ですね。その頃の祖師谷大蔵周辺は、雑木林と原っぱばかりで、毎日、外で友達と遊んでいました。だから、町田に来てびっくりしましたね。駅前も栄えていて、何より大きな本屋さんがたくさんあった。ちょうど町田の中央図書館ができた頃だったので、現代的な建物とものすごい蔵書数に、とても驚きました。文化ってこういうことか、と。映画館も多かったですし、文化を吸収する場所、楽しいことがたくさんある場所だと思いました。

『まほろ』シリーズは、町田を舞台にしようと思って、生まれた作品です。家族について書きたくて、郊外の街を舞台にしようと考えました。郊外は、どこも均一だと思われがちですが、私は町田で暮らしていたので「そんなことはない」と思って。町田をモデルにした『まほろ』という街ならば、家族の問題や「こうあらなければならない」という正しさへの窮屈さが描けるかなと思いました。『まほろ』の登場人物は、脇役の人でも「この人なら、きっとまほろのあの辺に住んでいるはず」「こんな暮らしだろうな」と、とてもイメージしやすかったです。『まほろ』の中に出てくる、戦争直後の闇市の話は、実際に町田で聞いた経験を使わせてもらっています。本屋(古本屋)さんで働いていたときに、親しくなった常連さんが、よく昔の話をしてくれたので。『まほろ』が映画化された時は、書店さんは勿論、プリンスという喫茶店の方々など、街のいろんな人が協力してくれました。
それこそ市役所の人も「町田は、まほろほど治安は悪くないと思うんですけどね‥。」とか言いながらも、応援してくれましたね(笑)。

町田の独特の空気感、街の個性はどこから?

町田のおもしろいところは、家族で住んでいる方も多いのに、単なるベッドタウンではないところ。もっといろんな、多様な人が住んでいる印象があります。立場や境遇、国籍も様々な人が住み暮らしているのが、いいですね。平日の昼間も、本当に多種多様な人が歩いているんです。「何をしている人だろう?」って人もプラプラ歩いているし、みんな、なんだか楽しそうにしている。町田は、土地が広いからか、人にあまり干渉せず、細かいことを気にしない雰囲気がありますね。都会のいい部分と、あんまり高級になりすぎない部分が、バランスよく混ざっている場所だと思います。決して上品ではなく、猥雑さもあるけれど、荒くれすぎていることもなく。個性的な人がたくさんいて、みんな自由にやっているところに、私はすごくパワーを感じます。

都心からの適度な距離感も、町田の雰囲気に関係していると思います。遠すぎず、近すぎず。それに、町田は境界線上にある街ですよね。神奈川と東京のちょうど県境で、小田急線と横浜線が通っている。小田急線は、上りは新宿、下りは小田原や江ノ島の方へ向かいますが、横浜線は、上りは横浜、下りは八王子や山梨の方へと向かいます。まったく違う文化の場所から、いろんな人たちをそれぞれ運んでくれている。その2つの路線が交わる場所というのも、町田に多様な個性が集う理由じゃないかと思います。2つの路線の駅が離れているのも、またいいですね。乗り換えで一度外に出ないといけないから、街に一直線じゃない、人が交差する流れができてゆく。いろんな人が集まっては流れていく場所だと思います。

コロナで人々の価値観や関係性が急速に変わるなか、街はどうなっていきますか。

これからは、福祉や教育に街がどう取り組んでいくかが大事になっていくと思います。行政がちゃんと支援を充実させて「うちは、こんなに充実しているので来てください!」って、住民を呼び込むというか。コロナの影響で、毎日同じ時間に会社に出勤することもなくなりつつあります。これはきっと、コロナ後も変わらない。毎日出勤しないのなら、通勤や通学の利便性だけではない、自分たちの生活や一生を考えたときの快適さを、重視していく流れに移行していくはずです。だから、いろんな人が暮らしやすい街にしなくてはならないと思います。特定の人が住みやすい街ではなく、いろんな立場の人が適度に支え合って、お互い認め合って暮らせることが、一番いい街になるのかなと。

リモートが可能な仕事であれば、それぞれの都合に応じてリモートを選べばいいし、学校だって嫌なら無理して通わなくてもいい。でも、そうなった時、ちゃんとサポートがあるような街が残っていく。多様性と言ってしまうと簡単ですが、いろんな人を、弾くことなく、うまく受け入れる度量みたいなものが今後は問われていくと思います。街に住んでいる人も、街の政治を動かしている人にも、その度量が求められる。度量のある街が、いい街になっていく気がしますね。今までもそうだったと思いますが、今後はますます。なぜかというと「これが一般的だ」って、くくれるような暮らし方が、今後はなくなっていくはずですから。少数派を排除しようとする人がいる街には怖くて住めないですよね。

町田は、どんな街であって欲しいですか?
そして、三浦さんにとっての『街』とは?

私はこう見えて、すごく小心者で、真面目なんですよ。でも、そういう自分がすごく嫌で。自分が真面目だと、相手にも真面目さを要求してしまうんです。でも、真面目なのは自分が勝手にやっていることだし、私にもいい加減でぐうたらしているところがあります。なのに「私はこんなに真面目にやってるのに!」と思ってしまう時がどうしてもあって、それがすごく嫌。だから、自分のいい加減な部分を、もっとのびのび伸ばしていこうと思います。だって、そのほうが楽だから。でも最近は、いい加減な人にイライラしちゃう人が多くなっている気がして、少し怖い気もしますね。どうしても人は、「そんなことしちゃいけないんだよ」って言いたくなってしまいます。でも、あんまり行き過ぎると、自分が外れたことをした時、すごく糾弾されて、お互いの首の締め合いになっていく。規範意識が強くなりすぎるのはどうかなと思います。だから、町田にはこのままずっとのびのびいて欲しい。みんな好き勝手に生きて、みんな好き勝手にやっている。そういう街にこそ、人は集まると思います。

街ってなんでしょうね。『いろんな人や店がゴチャっとあって、人や文化が集まってくるところ』かな。だから、人工的すぎる街は少し苦手です。チェーン店やコンビニもあるけれど、昔からやっている店もある。そういう部分に街らしさを感じます。小田急線は歴史も長い鉄道ですから、どの街にも自然と形成された商店街が結構ありますよね。暮らしている人たちが自然につくっていった街という気がして、私はそこが好きですね。

小田急線を舞台にした
三浦しをんさんの本
まほろ駅前多田便利軒 文春文庫
東京のはずれに位置する都南西部最大の町、まほろ市。駅前で便利屋を営む多田啓介のもとへ高校時代の同級生・行天春彦がころがりこんだ。魅力あふれる二人の、ちょっと奇妙な日常を描いた作品。第135回直木賞受賞作。
まほろ駅前番外地 文春文庫
東京都南西部最大の町・まほろ市の駅前で便利屋を営む多田と高校時代の同級生・行天。二人の物語とともに、お馴染みの星、曽根田のばあちゃん、由良、岡老人の細君が主人公となるスピンアウトストーリー七編を収録。
まほろ駅前狂騒曲 文春文庫
駅前で便利屋を営む多田と、居候になって丸二年がたつ行天。四歳の女の子「はる」を預かることになった二人が、前代未聞の大騒動に巻き込まれていく。まほろシリーズ完結篇。
木暮荘物語 祥伝社文庫
小田急線の急行通過駅・世田谷代田から徒歩五分、築ウン十年、全六室のぼろアパート木暮荘。そこで暮らす個性的な四人が描き出す、生きること、つながることについての物語。